自営編

【日常の断片―目次に戻る】


フリーライターあるいはフリーエディターというカタカナの職業に憧れ(幻想)を持つ人はいるだろう。私は別に憧れは持っていなかった。それは必然的な選択であった。B社の社長は、面白ければいいという発想の延長で、人命に関わるような企画を立案し、その責任者に私を任命した。

抗議したところで、社長の考えは変わらないだろう。その企画に加担したくないので退職を決意した。幸い、私が退職したことで担当するような人物が社内にいなくなってしまったので、その企画は実現されなかった。退職して他の会社に務めるか――。自分の出したいような本を作っている出版社がないのだから、自営をした方が早いというのが、当時の私の結論であった。

B社に出入りしていた01ショップの人に、Macを1セット、ローンで買うことを相談した。ローンを組むなら社員の内でないと審査が通らないでしょう、とその担当者は言い、会社に在籍している間にローンを組む。即金で払えば140万円だが、そんな現金はないので5年ローンにした。結果、総額210万円。その時、住んでいたアパートだと作業する場所がないので、引っ越し先も探した。

新しいアパートに引っ越した日、運送業者に引っ越し代金を払うと、私の全財産は預貯金を含めて1万円もなかった。

不安は確かにあった。が、それでも良かった。「生活のためには仕方ないじゃないですか」などと言って、意に沿わない仕事をしていて、酒を飲むと「辞める」「辞めてやる」などと言う奴は、大抵辞めない。辞めないのは本人の選択だから、それは良い。ならば愚痴は言うな、というのが私の考え。意に沿う仕事をするために会社を辞めたのであるから、その不安は、自由の代償であると考えた。

今まで、転職と引っ越しを同時にしたことが3回ある。これは金がなくなる。安全をとるなら、どちらか一つずつすべきだが、私の場合は、そうはならなかった。

会社を辞めるのに「もう一回、ボーナスをもらってから」という計算をする人物もいたが、私はそうした計算ができなかった。これは辞めるしかないと思ったら、すぐ辞めてしまった。この辺は、今後、そういう機会があったら学習した方が良いかも知れない。って、私は有給休暇もとったことがないけど、年2ヵ月分以上のボーナスをもらったことがない。だから、ボーナスに期待するという考えがあまり起きないんだろう。

●無自覚ライターNDのこと

 NDはある集まりで知り合った人物で、そこは互助的な性格を持っていたので、彼女から仕事を紹介してほしいと言われたとき、私は快く引き受けた。

■ 宝島社に大学時代の友人のKちゃんがいたので、Kちゃんにライターの仕事が何かないか尋ねた。彼女は、良い企画書なら別に紹介云々でもなく検討するという言質をくれた。そのことをNDに伝えると、淡々と礼を述べる一方で「宝島ってどんな本を出しているんですか?」と私に尋ねた。NDは正確には私より年長であるが、世代としては同世代である。そんなNDは「別冊宝島」を読んだことがないだけでなく、見たこともないというのである。それを驚く私に、本人だけでなく、彼女の周囲で「別冊宝島」などを話題にする人間はいなかったという説明をした。だから、それの何が悪いのかと不快を露にした。

それはフリーライターをしていく上で由々しき問題だと私は指摘したが、彼女は決して受け入れなかった。いくら言っても埒が開かなかったので、今まで知らなかったのは仕方がない。ならば、すぐにでも本屋に行って手に取ればと私は諭した。

念のために、同世代のライター数人に、同世代のライターで「別冊宝島」を知らないという人がいたとしたら、どう思うか尋ねた。答えは一様に「信じられない」というものであった。

Kちゃんに電話を入れてあることもあって、時折、NDに電話し、企画書は書いたの?と尋ねた。すると書いてないだけでなく、いまだ「別冊宝島」を見たことがないという。やる気があるのかと問い質す私に、いったいどこに行ったらその「別冊宝島」があるのか教えてくれと憮然と言う。どこの本屋でも置いていると答えた私に、「本当にぃ?」とあからさまに疑問を呈した。こんなやりとりを1ヵ月以内に4回ほど繰り返した。結局、NDが「別冊宝島」を手にしたという話は聞けなかった。

互助知り合いのリーダーに相談して、結局、NDは放っておくことにし、Kちゃんにも詫びの電話を入れた。

■ 時間は前後するがNDには他にもエピソードがある。Kちゃんに電話したのとほぼ同時期、やはり大学時代の友人でライターとしてバリバリ働いているBCという女性を紹介した。女性一人でもきちんと分野を持てば仕事ができるという実例としてBCを引きあわせようと思ったのだった。

約束の喫茶店でNDにBCを引きあわせると、NDは開口一番、「今日、UFOを見たんですよ」と初対面のBCに言った。その色や形状をNDはあれこれ形容した。途中は省略する。BCに帰ってもらった後で、仕事の話で初対面のときにUFOを見たなんて話は普通しないでしょと不機嫌に私は言った。が、NDは憮然として言った。「だって見たんだもの」

 NDの言い分としては、私が細かいことに口うるさいだけで、自分は何も悪くないというものであった。

■ NDと会って話さなければならないことがあって、会う場所をどこにするかと電話で話していた。当時、NDは新玉川線沿線に住んでいたので、「渋谷の大盛堂(書店)にしようか」と提案したら、「タイセイドーってどこですか?」と尋ねた。東京に住んでいて、都心に出るには渋谷を必ず通るところに住んでいて、しかもライターをしていて、東京の大型書店の草分けのような大盛堂を知らないことに驚いたが、NDはいつもと同じように、だから、それの何が悪いのかと不快を露にした。

念のために、ライター数人に、ライターで東京に住んでいて大盛堂書店を知らないという人がいたとしたら、どう思うか尋ねた。答えは一様に「信じられない」というものであった。ある人にその質問をしたとき、たまたま同席していた、本なんか全然読まない女性が「私だって知ってますよ」と言った。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送