アルバイト編

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■ 高校の時、同窓生にシュンヨーというのがいた。実際は漢字だが、これはあだ名ではなくて本名である。このシュンヨーは動作の一々がわざとらしいほど大げさで、よく他の生徒から笑われていた。私が生まれて初めてしたアルバイトは、このシュンヨーの紹介による怪獣ショーでの着ぐるみであった。着ぐるみを着て、普段通りの動作をしても、全然映えないのである。そして、子供に理解されない。シュンヨーの大げさな動作はいわば職業病であった。

昭和企画という、業種を問わずにどこにでもありそうなその会社は、着ぐるみ業界では3番手であるとシュンヨーは言った。1番手・2番手は後楽園などでやっている大手だが、自称3番手は社員2名という規模だった。

その日のショーのストーリーは、現場に到着してから決める。一応イディオムが幾つかあり、それの順列・組み合わせで決められる。お約束で何故かコントも入れるのだが、会社でそのネタ出しをしている現場を見て、そのお気楽さかげんに思わず脱力した。

私が参加した日、最初の出番は戦闘員の役。本来、「ウルトラマン」に悪の組織の戦闘員など出てこないのだが、その辺は軽く無視してストーリーは組み立てられていた。出番を待つために会場のドアの陰に隠れていた戦闘員仕様の私ともう一人をなぜか目ざとく見つけてしまった若いママさんは、「あら、こんなところにウルトラマンがいるわよ、ホラ」と子供を私たちの方に送り出した。ウルトラマンではない全身真っ黒の異形へと母の手で送り出された当の子供は「ぎゃ〜〜〜っ!」と真っ赤になって泣きわめいた。

■ 同じ昭和企画でのアルバイトで、正月の獅子舞をやった。実技講習は会社のオフィスで5分。やはりお気楽である。後は音楽が止まるまでその要領で舞っていればいいから、と社員の一人は言った。打ち合わせでは舞っているのは15分のはずであった。スーパーの店頭で獅子舞。新年を祝うためなのか、漫才師も呼ばれていた。年格好からすれば、それなりのキャリアがあるであろうその漫才コンビの名前は、まったくもって聞いたこともないものであったし、舞いながら聞いていた漫談もカビが生えたような古くさいものだった。そして、コンビの一人が突然、私をネタにした。

甲「あの、獅子舞さんも、そうとう長いことされいらっしゃるんですよ」

乙「ほう、そうですかぁ」

甲「獅子舞歴は16年。シシ十六というぐらいですから」(寒)

もう15分は経ったんじゃないかなぁと思いながら、音楽が止まらないので舞い続ける。なんだか運動部のシゴキみたい、と朦朧としてきた意識で私は思った。ようやく音楽が止まって、控えの場所に戻ると、社員の人がお気楽な笑顔を浮かべながら「ゴメン、ゴメン、音楽止めるの忘れちゃって」と言う。時計を見ると30分以上、私は舞っていたのだった。

……外で舞う回と回の合間は、スーパーの中を獅子舞をしながら移動した。一人の子供がすごい喜んでずっと付いてきた。獅子の歯の合間をのぞき込んで、中に人がいるとわかると、はしゃいでいた。その子供のキラキラした目が、なんだか嬉しかった。

■ 昔、ある国立研究機関の図書館でアルバイトをしていた。その図書館は、図書館でありながら書庫には空調がなく、夏は蒸し風呂のように暑く、冬は防寒着を着て入庫する必要がある。そのため、本や資料にとっては最悪の環境であった。書庫の中には、絵画や掛け軸、絵巻物なども雑然と置かれていた。職員の人に尋ねると戦前に寄贈されたものだという。どう考えても、こんな所に置いていたら傷む一方なのだから、どこか物理的にきちんと管理できる所に寄贈した方が良いのではないかと思った。思っただけでなく、職員に言ってみた。すると、一旦国立機関に寄贈されたものは国家財産となり、国家財産をまた別のところに寄贈するというのは手続きが非常に面倒なのだ、とその人は答えた。では、これらの書画がこのまま腐り果てたらどうするのですか、と私は尋ねた。「そうしたらゴミだから、捨てるだけだよ」とその職員は答えた。

■ 上に書いた国立機関での話。職員にWさんという人がいた。すっとんきょうという言葉がまさに当てはまる人だった。明るい人ではあったが、何を考えているのか常識では推し量れなかった。たとえば、部屋の中の家具が収まりきらないと、窓の外に家具を置く、ということを家族揃ってやっているという。

 そんな人が、ある日のおやつのお茶の席で、こんなことを言った。

「不思議なことがあるんですよ。いつ見ても私の左手に見える星があるんですよ」

一同が唖然とする中、私が尋ねる。「左手に、その星が見えている状況で、まわり右したら、左手には見えないでしょ」

「それが不思議なんです。そうしても、やはり左に見えるんですよ」

 私も唖然とした。


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