天使論


 名前はミッション、ミッション・ノーマル。職業は私立探偵。最初からいきなりこの職業に就いたわけぢゃない。色んな職を転転とした。海賊もやったし、宇宙飛行士もやった。大統領もやったし、街娼もやった。そう、色んなことをやった。アレキサンダー大王の家庭教師もやったし、クレオパトラといちゃついたこともある。時には、真面目にピコ・デラ・ミランドラと人間について語り合ったりもした。

 一番長くいたのは軍隊だ。外人部隊はいい所だった。退屈な訓練はないし、スリルとサスペンスに満ちた素敵な日々だった。ヤクはやり放題だし、女も抱き放題だ。異国の女の味はいい。何しろ言葉が通じないのだから、体と気配で全てが決まる。 イキナメという女を覚えてる。いつも何かもの寂しげな瞳をしていて、ほとんど何も喋らなかった。見返りというものを全く当てにしない女だった。他の女は、ちょっと甘くすると直ぐに図に乗ったり、付け込んだり、身の程知らずのおねだりをしたもんだが、アイツは絶対にしなかった。

 イキナメの低い喘ぎ声が今も耳に残ってる。しとやかで、それでいてオレをそそる声だった。いい女だった。

 上からの指令で転戦することになったときも、アイツはサヨナラひとつ言わずに川岸に立っていた。オレはアイツなら連れていってもいいと思っていたんだが、アイツは黙って立っていた。舟が岸から離れても手も振らずにオレを見つめるだけだった。アデュー、イキナメ。生きていたら、この星の上でまた会おう。

 戦場には滑稽な話が一杯転がってた。

 敵の総指令部を攻撃し、突入したら、血塗れのオヤジがワァワァわめいていた。「わしゃ将軍だぁ、将軍なんだぞ、早く助けろ」と泣いていた。丸で駄々っ子みたいでおかしかった。敵の兵士に向かって上官風吹かしてどうするつもりだったんだろう。将軍と二等兵の違いって言えば、将軍の方が肥っていて、金ピカの肩章を付けてることぐらい。鉛の玉がそんな区別をしてくれないのは当たり前だ。

 ニューヨーク侵攻作戦の時だった。身ひとつで逃げ出せば助かっただろうに、金やら株やらトランク一杯に詰めててオレとご対面するハメになった金持ちが居た。こういう輩は大抵ものの頼み方を知らない。「金はやるから助けてくれ」と奴は言った。話にならない。潰れてしまった政府の出してた札なんか鼻紙の替わりにもなりゃしない。オレはためらわずに引き金を引いた。

 或る時、呆れるほど簡単にオレの銃弾に当たってくれた奴がいた。兵員不足で大学から動員されたインテリだったようだ。ザックに何度も読み返したらしい専門書を入れていた。難しい言葉は捻れても自分を守ることに関しちゃ丸っきりのバカだったって訳だ。

 オレの部隊にもバカはいた。ゲリラ掃討作戦で少年ゲリラを射殺したときのことだ。新米が、子供まで殺すなんてひどいじゃないかってオレに食ってかかた。オレは言ってやった、「差別するな、どちらも人間だろうが」って。この新米はオレのことをオジサン呼ばわりしていたが、次の作戦の時には土の下で眠ってた。こういうのを若気の至りと言うんだろう。

 この街もジャングルに負けず劣らずオレのシナプスを刺激する。いつ崩れてもおかしくないような禍禍しさに満ちたこの街。「文化」と言えばコンビニエンス・ストアーとゲームセンターにしかないこの街。忘れられた斥侯のような自動販売機に見守られたこの街。欲望と絶望とが、高慢と卑下とが、上の奴にはへつらい、下の奴は踏み付ける――そんなカルマがネオンの合間にとぐろを巻いているこの街。

 オレの故郷は…何もない所だった。何もない。何一つない…。

 探偵って商売は面白いよ。ヘドが出るほどゾクゾクする。なァ、アンタが今いきなり跡形もなく消えちまったら、どうする? どうしようもないよな。そうだろ?だからオレは、入り組んだハイウェイ・チューブの中をエアカーが狂った蛍みたいに行き交うのを見下ろしながら、行きつけのバーでこうして酒も飲まずに上カモを待ってるって訳だ。酒よりエンドルフィンの方が効くしね。上カモが依頼するところをアンタにも見せてやりたい。最初は困り切ってオレのことを拝み倒そうとする。かと思えば、こっちが渋ろうものなら、呪いの言葉を吐いて脅しやがる。一体何様のつもりなんだろとオレは心の中でヘラヘラ笑っちまう。全く面白いよ。だけど一旦引き受けた仕事はキッチリ片を付ける。手段は選ばない。テロでもESPでも黒魔術でも何でも使う。仕事をキッチリやらない奴はクズだ。そう思わないかい?

 ドアの陰で情報屋のヘクリヒコがニヤニヤしながらオレに合図を送ってる。どうやら、何か事件のようだ。オレは、これから幻みたいなあの街に泳ぎに行ってくるよ。グッナイ、兄弟。   


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