『覚悟のススメ』のススメ

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 第二次大戦時に日本軍将校・葉隠四郎は、英米との本土決戦のために戦略人間兵器を研究していた。その柱の一つは究極格闘術=零式防衛術、二つ目は体内に吸引することで、肉体を鎧と化す零式鉄球、三つ目は戦術鬼(バイオテクノロジーで戦闘用に改造した人間)、四つ目が三千人以上の捕虜を人体実験して作り上げた強化外骨格である。この強化外骨格を強いて普通のSF風にいえば「アーマード・スーツ」だが、強化外骨格には、生体実験によって命を失った被験者の霊魂(三千の英霊)が宿っており、意志を持っている(設定の発想としては、映画『ミカドロイド』あたりから来ているのかもしれない)。
 葉隠四郎の孫・葉隠朧(おぼろ)から零式防衛術と零式鉄球、強化外骨格を受け継ぎ、「徒手空拳において人類に並ぶ者なし」と太鼓判を押されたのが本編の主人公である朧の息子・覚悟(かくご)とその兄・散(はらら)である。この兄弟が地球規模の大震災後の東京で敵対し、人類の存亡をかけて闘う。読んでいない人に作品の雰囲気を説明するなら、三島由紀夫と宝塚歌劇と沼昭三を足して三で割ったような世界といえば分かりやすいだろうか。
 零を装着している場合には、都市一つを十秒で殱滅できる「化学兵器・戦術神風」などが使えるが、覚悟は基本的に打撃系を重視している。覚悟が使う必殺技は、その名を「因果」や「大義」という(基本的にはそれぞれカウンター・パンチと飛び蹴り)。対する散の得意技は「螺旋」。やたらとゴージャスな必殺技の名前が氾濫する昨今では非常に秀逸なネーミングである(敵の衛兵隊長ボルトが、覚悟の「因果」に対して「応報」という技で返したのは笑えた)。
 散は地球の大地を守るために地球汚染の元凶たる人類の完殺を目指し、現人鬼(あらひとおに)となった。単なる悪ではない。散の部下も利害関係で部下になっているのではなく、皆、身も心も散に捧げている。その一人、ライの独白を引用しよう。
「おぞましや人類! この光景、何にたとえるべきか? 永遠に蘇ることのないこの大地! 大地なくして自分もあり得ぬのに、その母なる大地を完膚なきまでに汚しつくす! まことおぞましや人類! ここに居ると人間を超えねばならなかった散さまのお気持ちが痛いほどわかる!」
 このように『覚悟のススメ』には人間存在に対する作者・山口貴由の疑念と思索がある。マドンナ役の女の子の名前が「罪子(つみこ)」だというのも何やら凄いし、敵キャラクターの一人、血髑髏の、

「釈迦が無明といい、キリストが原罪といったものをオレ様は盟友と呼ぶのだ」

といった独白(ただし、単行本では割愛されている)は、そうそう考えつけるものではない。絵柄は全然似ていないが、『薔薇と拳銃』などを描いた谷弘児と通底する異形への眼差しを感じる。
 また、作中に「くじけない歌」なる歌が出て来たり、真面目に少年少女に「勇気」と「優しさ」を伝えようとしている点が、今日日のマンガにしては珍しい。いくら強くなろうが、それだけではどうにもならないことを作者は、主人公の覚悟自身に語らせている。「俺の零式防衛術は殺人の技[中略]千年極めようが、残るのはただ死山血河!」と。

 私自身、連載中は覚悟に勇気づけられたことがありました。

 しかし、覚悟の強化外骨格「零」の頭部には「七生」とあって、散の強化外骨格「霞」には「八紘」とあるし、何やら『ケンペーくん』(作・ならやたかし 召喚魔術によって現代に蘇生した武芸十八般の旧日本軍の憲兵が、不埒な若者を問答無用に処刑していくマンガ)のギャグ世界とスレスレの部分もある。

ところで、ライが覚悟と決闘する前に、チタン合金への攻撃を試してみたけれど破れないので凍結させて破壊するという手段を編み出していたけど、ゴムみたいにチタン合金が変形するなら、装着している中の人間は、ライの打撃で骨格が全壊でしょう。凍らせるまでもなし。

あと、なんで「零式」が「れいしき」でなくて「ゼロしき」なんでしょうね。太平洋戦争中に作られたものなのに。

※この原稿は昔、二見文庫のために書いた原稿を改稿しました。


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